ドラマー、ジミー・ブラウンの誕生日──ポリスとUB40から始まった、あの頃のレゲエ熱

80年代のどこかのタイミングで、レゲエに一気に引きずり込まれた時期がある。
きっかけはポリスとUB40。スティングの変則リズムに惹かれていたら、そこにUB40がスッと入ってきて、気づいたらボブ・マーリーやジミー・クリフ、スライ&ロビー、スティール・パルスまで芋づる式に沼落ちしていった。あの頃の自分、わりと素直だったなと思う。

今日はそのきっかけになったバンドの一人、UB40のドラマー、ジミー・ブラウンの誕生日。
バンドの登場秘話、ヒット後の紆余曲折、そしてコヨーテ的おすすめベスト5まで、軽くまとめてみたい。

UB40の「成り立ち」が異常にローカルで良い

UB40の結成は1978年、イギリス・バーミンガム。
パンクが吹き荒れた直後の「なんでもあり」な時代で、彼らは労働者階級の街の空気をそのまま背負って出てきたバンドだった。

バンド名の「UB40」は、失業保険申請書の番号が元ネタ。
この時点で、すでに社会派の香りが全開。初期UB40はプロテスト色が強く、シンセや管楽器を大胆に入れながらも、土臭いリズムがしっかり底にあった。

ドラマーのジミー・ブラウンもまさにその“底”を支えた人。
華やかさとは無縁で、抜群に「粘る」ドラミング。表拍も裏拍もズレない、きっちりしたレゲエの気配を保ちつつ、ポップスにも寄り添える器用さがあった。

そして訪れた大ヒット。そこから始まる「バンドあるある」の連鎖


UB40が世界的に知られたのは、やっぱり『Red Red Wine』の大ヒット。
でも、この曲もともとニール・ダイアモンド作なんだよね。UB40はカバーで当てたバンドでもある。

ただヒットの後、待っていたのはお決まりの“成功の罠”。
メンバー間の軋轢、方向性の違い、金銭の問題、契約の行き詰まり…
あれこれ積み上がって、ついに兄弟ボーカルのアリ・キャンベルが脱退。
その後、バンドは「UB40」と「UB40 featuring Ali」に分裂するという、ファン泣かせの展開に。

とはいえ、ジミー・ブラウンはずっとオリジナルのUB40側に残り、あの「揺れないビート」を続けていた。
派手さはないけど、彼が叩くと不思議と“UB40の匂い”がする。これは替えがきかない。

コヨーテ的 UB40 ベスト5

流行歌というより「音の質感」で選んでます。
入門にも、久しぶりの再会にもどうぞ。

1. 「Food for Thought」

収録:『Signing Off』(1980)
UB40の“社会派”と“ダブの香り”が両立していた頃の象徴曲。
リズムはタイト、メッセージは強い。いま聴いても刺さる。

2. 「Red Red Wine」

収録:『Labour of Love』(1983)
ニール・ダイアモンド作のカバーを、完全にUB40色のレゲエに染め上げた名曲。
世界的ヒットの理由は、ジミーの揺れないドラミングも大きい。

3. 「Kingston Town」

収録:『Labour of Love II』(1989)
ローズ・ロイスのカバー。夜の街にそのまま溶けるような静かなレゲエ。
アルバム全体も落ち着いていて大人向け。

4. 「One in Ten」

収録:『Present Arms』(1981)
UB40の本質はここにある。
社会問題を真正面から歌い、ベースとドラムが重く沈む。
ジミーのドラミングも最初期ならではの“土臭さ”。

5. 「I Got You Babe」(feat. Chrissie Hynde)

収録:『Baggariddim』(1985)
クリッシー姉御とのデュエットが話題になったポップ・レゲエ期の代表。
軽く聞けるけど、ブラスと裏拍の作り込みはキレイにUB40。

まとめ:レゲエ入門の裏口としてのUB40

UB40は、レゲエに入るときの「裏口」みたいな存在だったと思う。
本格派ではない、と批判されることもあるけれど、ポップで、メロディアスで、入りやすかった。
そこからボブ・マーリーやジミー・クリフに進むルートは、コヨーテに限らず多かったはず。

今日またUB40を聞いてみたら、あの頃の空気感がふっと戻ってくる。
ジミー・ブラウンの誕生日に、そんな“懐かしい原点回帰”をしてみるのも悪くない。