世界のオザワを語る──小澤征爾の誕生日に寄せて

はじめに


9月1日は小澤征爾(1935–2024)の誕生日。
日本人で初めて世界的オーケストラの音楽監督を務め、「世界のオザワ」と呼ばれた存在です。
その人柄と哲学を生々しく伝えているのが、村上春樹との対談集『小澤征爾さんと、音楽について話をする』です。そこには舞台裏のエピソードから指揮観まで、表舞台では見えない小澤の姿が刻まれています。

村上春樹との対話で浮かび上がる“現場の小澤”

• きっかけは偶然の縁

小澤の娘と村上の妻のつながりから実現した対談。半年以上かけてスイスやパリなどで6回行われ、音楽をめぐる長い対話が生まれました。

• グールドとバーンスタインのブラームス

村上が語ったのは、グレン・グールドがバーンスタインと共演したブラームス協奏曲第一番のエピソード。小澤が「そんな話があったか」と深く反応した瞬間に、「これは記録すべきだ」と村上は直感し、この対談が本になりました。

• レコード片手の比較実験

対談中、村上は即座にレコードやCDを取り出し、カラヤンとバーンスタインの解釈の違いを小澤に聴かせます。「こんなに違うのか」と驚く小澤の反応がそのまま記録されています。

• マーラーの“息継ぎ事件”

ボストン交響楽団で、フルートの首席が息継ぎする間にセカンドがつなぐはずのフレーズを無視して、音が途切れた一幕を小澤が披露。現場の生々しさが伝わる瞬間です。

• 病床での演歌リスニング

闘病中、森進一「港町ブルース」や藤圭子「夢は夜ひらく」を繰り返し聴いていたと明かしました。ジャンルを問わず“音楽に救われる”姿勢が垣間見えます。

小澤征爾の「指揮における哲学」

• ディレクション=方向を示す

「指揮とは曲の方向を描き出すこと」。カラヤンの構築的アプローチ、バーンスタインの感性主導との比較を挙げながら、小澤は自らの立ち位置を冷静に説明しています。

• 芝居の中に入り込む

「指揮のテクニックなんて吹き飛んで、音楽の芝居の中にずっぽり入る」。指揮者が楽譜を超えて音楽そのものに没入する瞬間を、彼は大切にしていました。

• 音は言葉を超える

言葉は補助にすぎず、最後は音で語り合うのが音楽だという確信。オーケストラとの“会話”は、言語ではなく音そのものによって成立する――それが小澤の哲学でした。

小澤征爾を聴く ― おすすめアルバム4選

1. ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》(サイトウ・キネン・オーケストラ)

日本の聴衆にとって特別な「第九」を、小澤ならではの呼吸感で聴かせる名盤。

2. 武満徹:管弦楽作品集

日本人作曲家・武満徹を世界に広めた証。繊細で透明な響きに小澤の資質がよく表れています。

3. ドビュッシー:管弦楽作品集(《海》ほか)

色彩感と柔らかなタッチが際立つ一枚。印象派音楽と小澤の相性の良さがわかります。

4. ヤナーチェク:シンフォニエッタ

小説「1Q84」でも取り上げられた、民族性とモダンな響きが共存するエネルギッシュな曲。小澤の指揮哲学が凝縮されたような演奏です。

おわりに


村上春樹との対談で浮かび上がるのは、「世界的巨匠」よりもむしろ、音楽をどう生き、どう楽しむかを真摯に語る“小澤征爾という人間”です。
それこそが、世界中から愛された「オザワ」の本当の魅力なのだと思います。