串カツ屋のうんちくオヤジに勧められた「山本」──秋田の酒は語ってナンボだ

出張で立ち寄った秋田の小さな串カツ屋。
カウンターに腰を下ろすと、揚げたての香りと日本酒の香りがふっと重なった。
店主は恰幅がよく、笑いじょうず。串を返しながら、私に話しかけてきた。

「兄さん、秋田の酒はな、水が違うんだ。せっかくだし、『山本』、飲んでみねが?」

はい、もう始まった。
お猪口を手渡されるままに口をつけたら――うまい。
口あたりはやわらかいのに、芯がある。
それが「山本」との最初の出会いだった。

ピュアブラック──“山本”の原点

「これは“ピュアブラック”。今の蔵元、山本さんが自分の手で酒造りを始めた時の一本なんだ。」

平成17年に立ち上げたというブランド。
最初は精米から搾りまで全部ひとりでやっていたらしい。
今ではスタッフも増えて、山本さんは司令塔役。
「全国の山本さんが本気で買えば一日で売り切れる」なんて冗談を言いながら、店主は笑っていた。

味わいは、柑橘のような酸と鋭いキレ。
軽やかで、でも芯の通った印象。
まるで秋田の冷たい空気をそのまま瓶に詰めたようだ。

ミッドナイトブルー──静かな夜に似合う酒

「こっちはピュアブラックの姉妹品、“ミッドナイトブルー”。違うのは酵母だけなんだ。」

なるほど。
ピュアブラックが日本刀なら、ミッドナイトブルーは静かに光る青磁のよう。
香りはリッチで、味わいはやわらか。
一日の終わりに、灯りを落としてゆっくり飲みたい一本だ。

サンシャインイエロー──冷やして楽しむ山廃仕込み

「普通、山廃は燗で飲むもんだけどな。これは“冷やして旨い山廃”なんだ。」

そう言って注いでくれたサンシャインイエローは、確かに爽やか。
ツンとするアルコール感がなく、フレッシュで軽快。
串カツの油をすっと流してくれるような清涼感がある。
「暑い日の昼から飲んでもいいんだぞ」と店主は笑った。

東京で再会した「ど辛」と「ど」

東京に戻ってしばらく経ったある日、
地元の酒屋の冷蔵棚で見覚えのある筆文字が目に留まった。
「ど辛」と「ど」。あの“山本”だ。

まずはど辛。
ラベルの通り、超辛口。でも口に含むと、最初にふっと甘みが来て、
そのあと一気に辛さが追ってくる。
この二段構え、見事だ。
しかも使われている酵母の名前が“セクスィー山本酵母”。
蔵元の遊び心と真剣さが同居していて、飲みながら思わず笑ってしまう。

そしてど。
にごり酒というより、事件の酒。
経営が厳しかった時期に「とにかく早く現金化しよう」と粗いザルで濾して瓶詰めした結果、
酵母が元気すぎて噴出事件が続出したという伝説の一本。
その後改良を重ね、今では年末の人気商品に。
“サマーど”“どピンク”“ど黒”と暴走した時期もあったらしいが、
今は落ち着いて“本家ど”一本。
──うん、人生も酒も、試行錯誤だ。

秋田のオヤジ曰く──

「結局な、酒ってのは造り手の人柄が出るんだ。
真面目で、遊び心があって、でも手ぇ抜かねぇ。
山本の酒は、そういう人間の酒なんだよ。」

その言葉が、秋田の夜とともにずっと残っていた。
そして東京で飲んだ「ど辛」や「ど」の味が、それを裏付けてくれた。

秋田の酒は、語ってナンボ。
そして、語らせてくれる人がいることが、何より嬉しい。

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