
8月8日、U2のギタリスト、エッジ(デイヴィッド・ホーウェル・エヴァンス)が64歳の誕生日を迎えた。バンドの鋭く挑発的なイメージとは裏腹に、彼自身は寡黙で内省的な人物として知られている。しかし、その静けさの奥には、時代の音を塗り替えてきた革新的な創造力が息づいている。
孤高のギタリストの素顔
エッジを語る上で鍵となるのは、彼の“ギター・ヒーロー”像からの逸脱だ。超絶技巧をひけらかすのではなく、あくまで曲に奉仕するスタイルを貫き、必要最小限の音で最大限の情感を描き出す。彼の奏でる一音一音には、沈黙すら音楽に変える力がある。
スタジオでは、たった一つの響きのために何時間も音を重ね、削ぎ落とす。ライブでは、派手なポーズを取ることなく、音で観客と呼吸を合わせる。そのひたむきな姿勢が、世界中のギタリストたちから「無駄のない革新」として賞賛されてきた。
さらに、彼はバンドの政治的・社会的メッセージの陰の支え手でもある。表舞台で情熱を放つボノの背後で、冷静に物事を見つめ、音と言葉のバランスを整える思索家としての一面も、エッジの深い魅力を形作っている。
初期〜中期の傑作(〜『ヨシュア・ツリー』)
1. “Where the Streets Have No Name”(1987年)
『ヨシュア・ツリー』を象徴する壮麗な楽曲。イントロの浮遊感あるアルペジオは、まるで砂漠に立ち昇る陽炎のように幻想的で、ディレイを巧みに操る彼のギターは、空間そのものを楽器に変える。アメリカの風景と精神性を、音で可視化したかのような傑作だ。
2. “Sunday Bloody Sunday”(1983年)
北アイルランド紛争にインスパイアされたこの曲では、リズム重視の切り裂くようなリフが楽曲全体を牽引する。余計な装飾を排したそのサウンドは、まさに“音の報道”ともいえる迫真性を持ち、エッジのミニマルな美学が結晶した一例となっている。
3. “The Unforgettable Fire”(1984年)
アンビエント的アプローチが導入された転換点の曲。ブライアン・イーノとのコラボレーションにより、エッジはギターの役割を“空間の彩り”へと進化させた。光と影のように移ろう音のレイヤーは、U2サウンドの新たな地平を切り拓いた。
後期の進化(『ヨシュア・ツリー』以降)
4. “One”(1991年)
解散の危機に直面していたバンドが生み出した奇跡のようなバラード。ブルースの影を感じさせるギターは、感情のひだをなぞるように静かに語りかける。エッジの音が、言葉以上の癒しと連帯を与えてくれる代表作だ。
5. “Beautiful Day”(2000年)
長い模索の果てに辿り着いた再生のアルバムからの一曲。天上から降り注ぐようなギター・フレーズは、希望と再出発のメッセージをダイレクトに伝える。過去の栄光に頼らず、音の輪郭を一から再構築したエッジの挑戦が光る。
6. “Vertigo”(2004年)
より荒々しいロック・サウンドへの回帰作。冒頭のリフ一発で一気に高揚感をもたらすこの曲は、エッジが“リフの魔術師”であることを再確認させる。キャッチーでありながら骨太なギターサウンドは、2000年代の新たなロック像を提示した。
音楽史に刻まれた足跡
エッジがもたらした最大の革新は、ギターの“音色”に対する概念そのものを変えたことだろう。彼にとってギターとは、単なる旋律を奏でる道具ではなく、空間を構成し、感情を映し出す絵筆のようなものだった。
伝統に縛られず、エフェクトや録音技術すらも作曲の一部として取り入れる姿勢は、多くのアーティストに影響を与えた。ポスト・パンク以降のギタリズムにおいて、エッジの系譜を感じさせるミュージシャンは枚挙にいとまがない。
64歳を迎えた今もなお、彼の耳と指は、まだ聴いたことのない音を探し続けている。音数の少なさに魂を宿らせる、“静かなる革命家”の旅は、これからも止まることなく続いていく。