マイルス・デイビスは止まらない|ロック好きにすすめたい5枚

夜の録音スタジオに置かれたトランペットと、背景の電気ピアノ Jazz Standard

実は、私は『Doo-Bop』からマイルスを遡って聴いた口だ。「ジャズの帝王」と呼ばれていることで、どこか聞かず嫌いになって、敬遠していた。

ところが聴いてみると、意外にも、音には「おれが、おれが」という自意識過剰な主張を感じなかった。全体のバランスの中で、マイルスの音が光っている。私が受けたのは、そんな印象だった。

マイルスの凄みは「変化」だった

マイルス・デイビスの凄みは、名人であることだけではない。自分が作った音楽に、いつまでも居座らなかったことだ。
ビバップ、クール・ジャズ、モード・ジャズ、電気楽器を取り込んだ音楽、そしてヒップホップ。作品を年代順に聴くと、同じトランペット奏者とは思えないほど景色が変わる。
私がジャズから距離を置きたくなるのは、演奏の巧さを鑑賞するだけになってしまうとき。マイルスを聴くと、技術より先に「次に何が起こるのか」が気になる。ロック好きの私には、そこがたまらない。

バンドの顔ぶれが変わると、音楽も変わる

マイルスのバンドには、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンス、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、チック・コリア、ジョン・マクラフリンなどが参加した。名前を並べるだけでも、ジャズの歴史をたどるようだ。
コルトレーンの探究、エヴァンスのピアノ、ハンコックやコリアの電気楽器への展開。それぞれ違う方向へ進んでいる。
マイルスの音楽も、一人の天才の独演ではない。違う個性が同じ場所に集まり、その組み合わせが変わることで、新しい音が生まれている。今回の5枚は、その変化も聴ける選び方にした。

ロック好きにすすめたいマイルスのアルバム5選

Kind of Blue(1959)

まずは「So What」。ベースとピアノの静かな導入から、管楽器が応答するテーマへ。この短いやり取りだけで、アルバムの空気が決まる。音数が少ないからこそ、トランペットの入り方や、一音を置いたあとの間が耳に残る。
1959年3月2日と4月22日のセッションから生まれた、モード・ジャズの代表作。モードという言葉を覚える前に、和音の変化を追いかけすぎず、同じ景色の中で演奏が少しずつ姿を変える感覚を味わえばいい。
ジョン・コルトレーンやキャノンボール・アダレイのサックスと比べると、マイルスの抑えた吹き方がよく分かる。深夜に聴きたい、クールで都会的な一枚だ。下の映像は「So What」の演奏映像で、アルバムの収録音源とは別に楽しみたい。

Miles Smiles(1967)

マイルス、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムス。いわゆる第二期黄金クインテットの、自由なのにタイトな演奏を聴ける一枚。
おすすめは「Freedom Jazz Dance」。テーマの輪郭ははっきりしているのに、その下ではリズムが動き続ける。ドラムが押し、ベースが踏みとどまり、ピアノが隙間を作る。全員が同じことをしているからまとまるのではなく、違う動きをしているのに音楽が前へ進む。
ロックのバンド演奏が好きなら、ソロの順番だけを追うより、リズム隊を聴いてほしい。ギターがなくても、バンド全体の緊張感には十分に引き込まれる。

In a Silent Way(1969)

ロック好きに私がまずすすめたいのは、これかもしれない。ハービー・ハンコック、チック・コリア、ジョー・ザヴィヌルの鍵盤と、ジョン・マクラフリンのギター。電気楽器が入っているのに、音は派手にぶつからず、薄い層のように重なっていく。
長い演奏を、展開の多さで飽きさせない音楽ではない。似た響きの中で、ギターの一音やトランペットの輪郭が少し変わる。その小さな変化を聴いているうちに、時間の感覚がほどけてくる。夜のドライブに合うと思うのは、この流れのせいだ。
下の音源は「In a Silent Way」。気に入ったら、アルバムで「It’s About That Time」へ続く流れまで聴いてほしい。静かな響きからビートが立ち上がるところに、この作品の面白さがある。

Bitches Brew(1970)

『In a Silent Way』の静けさから、こちらへ来ると景色が一変する。複数の電気ピアノや打楽器が重なり、低い音がうごめく。トランペットが遠くから切り込んでくるように聴こえる瞬間もある。
表題曲「Bitches Brew」は約27分。歌のあるロックのように、サビを待って聴くと戸惑うかもしれない。まずはベースや打楽器の反復をつかまえて、その上にどんな音が現れるかを追うと入りやすい。混沌としているのに、体はリズムについていく。
録音された演奏を編集して作ることも、このアルバムの重要な要素だ。演奏の熱と、スタジオで組み直された構成の両方がある。下は1969年コペンハーゲンでのライブ映像。1970年発売のアルバム音源とは違う、舞台上の熱を楽しめる。

Doo-Bop(1992)

1991年にヒップホップのプロデューサー、イージー・モー・ビーと取り組んだ作品。マイルスの死後に完成し、1992年に発売された。最後まで、その時代の音へ耳を向けていたことが伝わる。
入口には「Mystery」を。ビートの上で、マイルスのトランペットが淡々と浮かび上がる。リズムが繰り返されても、吹き方は機械的にならない。その距離感がクールだ。
『Kind of Blue』からここまで、一気に聴き比べるのも面白い。背景の音は大きく変わった。それでも、トランペットの声を聴けばマイルスだと感じる。変化し続けることと、自分の音を持つことは両立するのだ。

音楽に安住しない、その姿勢が好きだ

音楽に「安住」はない。その姿勢は、私がロックに惹かれる理由と重なる。名盤という言葉に身構えなくてもいい。静かな音が欲しい日は『Kind of Blue』、電気楽器の響きから入るなら『In a Silent Way』、バンドのスリルなら『Miles Smiles』。
濃いリズムの渦へ飛び込みたいなら『Bitches Brew』、短い曲とビートから入るなら『Doo-Bop』。年代順に勉強する必要はない。気になった一曲から、その先へ進めばいい。
マイルスを聴くと、ジャズが過去の完成品ではなく、変わり続ける音楽として聞こえてくる。そこに、何度でも戻りたくなる。

作品情報:Kind of Blue/Miles Smiles/In a Silent Way/Bitches Brew/Doo-Bop(Miles Davis公式サイト)