「べらぼう」──蔦屋重三郎と田沼時代の光と影

1. いよいよ最終章。「おいおいあと1ヶ月だぞ」と思いながら、面白さが加速してきた


11/16の回。
おていさんが無事でホッとした瞬間に、
「源内先生、生きてる?」という爆弾。
定信が蔦重に歩み寄る気配?
写楽の正体にも急に火がつく展開?

“はてな”が雪崩のように押し寄せてきて、
全国の視聴者が一斉に
「おいNHK、あと1ヶ月しかないぞ」
とテレビに向かってつぶやいたと思う。

ただ、懐かしい面々が勢ぞろいし、瀬川もそろそろ登場か?
物語は確実にラストスパートへ。
今回の大河は、丁寧で気持ちの乗った秀作だとあらためて思う。

2. 蔦屋重三郎──江戸の「文化プロデューサー」というべき人物

蔦屋重三郎は、単なる本屋でも版元でもない。
江戸の才能を見つけて世に放つ“時代の編集者”。
彼に見いだされたら一晩で売れる──そんな伝説すらある。

● 蔦屋が育てたスターたち


・山東京伝──洒落本・黄表紙の象徴的存在
・恋川春町──黄表紙の人気を一段上に押し上げた才人
・十返舎一九──「膝栗毛」で一気に国民的作家へ
・曲亭馬琴──「八犬伝」の超長編をものにした根気の塊
・葛飾北斎──若き日の不遇期を支えた
・喜多川歌麿──蔦屋の看板ともいえる美人画の革命児

そして、最大の謎・東洲斎写楽。
たった10ヶ月で消えた怪物絵師。
写楽の正体をめぐる“誰が、なぜ、どう作り上げたか”は、物語の山場になるのは間違いない。

蔦屋の周りにこれだけ異才が集まった時代は、文化史的にもほぼ奇跡みたいなもの。

3. 田沼時代の功罪──本当に「悪」だったのか?

教科書の田沼意次と、「べらぼう」の田沼はまったく違う。
実は近年の研究でも「田沼再評価」が進んでいて、
彼が有能だったという説はもはや主流。

● 田沼政治の「功」

・商業・流通を重視する近代的政策
・新田開発や資源活用
・貿易のテコ入れ
・経済基盤の整備(株仲間制度)
・町人文化への理解

田沼がいたからこそ、江戸の文化は息を吹き返し、
蔦屋や歌麿が自由に動けた。

● 一方で「罪」もある

・賄賂の横行
・インフレ
・天災対応の失敗
・派閥争いの泥沼化

つまり田沼は、評価が分かれる政治家。
“光と影を併せ持つ人物”として描くのが本来の姿だと思う。

● コヨーテが高校時代に読んだ山本周五郎『栄花物語』

当時の時代小説や講談は、
田沼=悪人、腐敗政治、賄賂、退廃
というテンプレが強かった。

ところが『栄花物語』の田沼は、違った。

✔ 町人文化に理解があり
✔ 現場の力を信じ
✔ 才ある者を見出す
✔ 政治を“人のため”に動かす

良い悪いより、まず“骨太な政治家”として描かれていた。

高校生のコヨーテはそこで
「田沼ってこんなに魅力ある人物だったのか」
とちょっとした目が覚める思いをした。

だから今回の大河で、田沼が
・蔦重の背を押し
・町人文化を守り
・時代の風を変えようとする
そんな描き方をされても、
違和感どころか「ああ、これだよな」と腹落ちした。

周五郎を強く持ち上げるつもりはないけど、
「田沼悪人説」を早い段階で疑った作家がいたことは事実で、
その視点を高校時代に知っていたのは、今振り返れば結構大きかった。

4. 対照的な存在・松平定信──“文化を締め付けた政治”

田沼と対照的なのが松平定信。
寛政の改革は、町人文化にとっては完全に逆風だった。

● 寛政の改革(ざっくり)

・質素倹約の徹底
・風紀の締め付け
・出版統制(黄表紙・浮世絵への圧力)
・武家中心社会への回帰

要するに“文化が枯れる政策”。
蔦屋たちが敵視したのも当然で、それがドラマでも強調されている。

定信は悪人ではなく、“価値観が違いすぎる政治家”。
そこもドラマはうまく描いていると思う。

5. 最終章へ──写楽、源内、そして蔦重と?

あと1ヶ月。
回収すべき謎は山ほど残っている。

写楽の正体。
源内の生死。
定信と蔦重の微妙な距離感。
蔦屋の最後の賭け。
そして瀬川の登場はないのか?

正直、全部まとめるにはギリギリの尺だけど、
これまでの丁寧な積み上げを見ていると、
最終章はきちんと“情”で締めてくれる気がする。

蔦屋重三郎という男が、
江戸の才能をどう抱え、どう手放し、どう生き切ったのか。

そこに着地すれば、間違いなく名作。