
ここ数年のポール・マッカートニーのアルバムは少しつらかった。
正直に言う。ポール・マッカートニーの新譜にはずっと複雑な気持ちを抱いてきた。
曲はいい。音もいい。相変わらず新しいことにも挑戦しているし、若いミュージシャンとの仕事も自然だ。決して懐メロ大会ではない。それどころか80代になった今も前へ進み続けている。
それでもコヨーテが手放しで絶賛できなかった理由がひとつだけあった。
「声」だ。
コヨーテはポールの声が大好きだった。
ロックンロールを歌えば最高にカッコいいし、バラードを歌えば誰よりも優しい。ジョンとハモる声を聴くだけで泣きそうになる。
だから近年の作品では、どうしても声の衰えが気になってしまった。もちろん年齢を考えれば当たり前のことだ。それでも昔のポールを知っているからこそ、つい求めてしまう。
ところが今回の『The Boys of Dungeon Lane』は違った。
いいんです。
本当にいいんです。
声が若返ったわけではない。枯れているし、揺れている。高音だって決して楽そうではない。
でも、その声が曲に合っている。
無理に昔の自分を再現しようとしていない。今のポールだから歌える歌を歌っている。
アンドリュー・ワットが本当にいい仕事をした。
若い頃のポールに戻そうとするのではなく、今のポールの魅力を引き出している。
Far East Beatles Expressさんもおっしゃっていたが、
「今の声でしか歌えない歌」
まさにそんなアルバムだと思う。
そんなわけで、コヨーテのお気に入りを何曲か。。
おすすめ曲
1 As You Lie There
アルバムの幕開けを飾る一曲。派手ではないが、今のポールの温かさが詰まっている。若い頃には歌えなかった歌だ。
3 Days We Left Behind
ジョン・レノンへの想いを綴った一曲。失われた時間への郷愁だけでは終わらない。長い年月を経たからこそ歌える友情の歌になっている。
4 Ripples in a Pond
小さな波紋のように静かに広がる名曲。シンプルだからこそメロディの美しさが際立つ。ポールのソングライターとしての凄みを改めて感じる。
6 Down South
ジョージ・ハリスンを思わせる空気が漂う曲。派手さはないが味わい深い。何度も聴きたくなる不思議な魅力がある。
8 Come Inside
アルバムの中で一番ロックな曲。一方で「こっちへおいで」と語りかけるような歌声に、今のポールならではの包容力を感じる。
10 Home To Us
リンゴ・スターとのコラボ曲。ジョンやジョージを歌う時とは少し違う。肩の力が抜けた親しみと感謝が伝わってくる。リンゴって年取って歌に味が出てきた。
14 Momma Gets By
アルバムを締めくくる美しい曲。派手なエンディングではない。それでも深い余韻を残してくれる。
最近のポール・マッカートニーはフェードアウトしない
もうひとつ印象的だったのは、収録曲の終わり方だ。
考えてみれば不思議だ。ポールほどフェードアウトを美しく使ってきたソングライターはいない。
曲は終わっても、物語だけは続いていく。
そんな終わり方を何度も聴かせてくれた人だ。
ただ最近のポールはフェードアウトをあまり使わなくなった。
一曲一曲がきちんと終わる。
まるで歩いてきた道を振り返りながら、ひとつひとつの出来事に向き合っているようにも聴こえる。
もちろん本人にそんな意図があるかは分からない。
ただ80年以上生き、60年以上第一線を走り続けてきた男が作った作品として聴くと、この「終わらせ方」には不思議な重みがある。
自分がどこから来て、誰と出会い、何を失い、何を受け継いできたのか。
そんなことを静かに見つめ直したアルバムのように感じるのだ。
ビートルズ時代から半世紀以上、ずっとこの人の音楽とともに歩んできたコヨーテには実感できる。
久しぶりに思った。
「ああ、これなら棺桶に入れて一緒に持っていけるかも」と。
少なくともコヨーテにとっては、近年のポール作品の中で頭ひとつ抜けた一枚になった。

