ブライアン・ウィルソン (後編)~「Smile」を越えて、最後までメロディを信じた男

「Smile」のその先を書きたかった

ビーチ・ボーイズの頭脳であり、グループの音楽的支柱だったブライアン・ウィルソン。

海、サーフィン、車をテーマにした軽快なポップソングと、美しく重なり合うコーラスで、ビーチ・ボーイズはアメリカを代表するグループとなった。

しかし、そのまま成功物語として終わらないところに、ブライアンという音楽家の特別さがある。

そして今回の後編では、復活と清算、そして最後までメロディを書き続けた一人の作曲家について書きたい。

あまりに波乱に満ちた人生だったため、このブログでは三部作として書いてきた。前編では栄光と迷いの始まり、中編では『Pet Sounds』と『Smile』、そして長い挫折について書いた。

『Brian Wilson』──「まだ終わっていない」と証明した一枚

1988年、ブライアンは初めて本格的なソロアルバム『Brian Wilson』を発表する。

当時の彼は精神科医ユージン・ランディの管理下にあり、その治療については現在でも評価が分かれている。後にランディはブライアンの財産管理や生活への過度な介入が問題視され、法的に距離を置くことになる。

それでも一つだけ確かなことがある。

長い沈黙の中にいたブライアンが、再び音楽制作へ向かったという事実だ。

アルバムには80年代らしいアレンジも多く、ビーチ・ボーイズ時代とは印象が異なる。それでも、流れ出した瞬間に「これはブライアンだ」と分かるメロディがある。

派手な復活劇ではない。

「私はまだ曲を書ける。」
そんな静かな宣言のように聴こえる作品だった。

♪Love and Mercy

ソロ活動を象徴する代表曲。

世界を変えようという大きなメッセージではなく、一人ひとりへの「愛と慈しみ」を歌う。長い苦しみを経験したブライアンだからこそ書けた一曲だと思う。

♪ Melt Away

マッカートニーを思わせる軽快なメロディとコーラスが心地よい。

「ブライアン・ウィルソンは戻ってきた。」

そう感じさせてくれた、私の大好きな一曲である。

『Imagination』──肩の力が抜けた天才

1998年の『Imagination』は、私が何度も聴き返してしまうアルバムだ。

60年代の爆発的な創造力とは違う。

ここにいるのは、人生を一周して穏やかさを手に入れたブライアンだ。

派手さはない。

実験精神も前面には出てこない。

その代わり、メロディは驚くほど自然だ。

無理に若返ろうともせず、「今の自分が書ける音楽」を素直に形にしている。その潔さが、このアルバムの魅力になっている。

♪ Your Imagination

アルバムを代表するタイトル曲。

若い頃のような複雑な構成ではないが、耳に残るメロディは健在だ。「メロディメーカー・ブライアン」を改めて実感できる。

♪ Lay Down Burden

タイトルは「荷物を下ろそう」。

長年の苦しみを知るブライアンが歌うからこそ、この言葉には重みがある。静かな曲だが、アルバムの核になる一曲だ。

しかし、ブライアンの心には、まだ一つだけ終わっていない作品があった。

『Smile』である。

1966年から67年にかけて制作されながら完成を見ることなく頓挫し、「世界で最も有名な未完成アルバム」とまで呼ばれた作品。

その存在は、ブライアン自身の人生にも長く影を落としていた。

それでも私の中では、まだ終わっていなかった

2004年、『Brian Wilson Presents SMiLE』が発表される。

40年近く封印されていた作品を、ブライアンは自らの手で再構築し、ついに完成へと導いた。

当時ブライアンは、「ようやく『SMiLE』を演奏する準備ができた」と語っている。長年背負い続けた作品を完成させた達成感は、本物だったのだろう。

私も、2004年版『SMiLE』を聴いた時は大きな感動を覚えた。

しかし一方で、どこか割り切れない思いも残った。

そこにいたのは、40年という歳月を生き抜いたブライアンだった。

それでも私が心のどこかで求めていたのは、1967年のブライアンであり、カールであり、デニスであり、マイクであり、アルの歌声だった。

だから私にとって、本当の意味で『Smile』が完成したのは、2011年に発売された『The Smile Sessions』だった。

当時の録音を丁寧に整理し、本来描かれていた構想に沿って一枚のアルバムとして完成させたこの作品は、単なるアーカイブではない。

40年以上の時を経て、『Smile』はようやく本来あるべき姿で陽の当たる場所へ戻ってきた。
  

♪Our Prayer

歌詞を持たない、美しいア・カペラで始まる祈り。

アルバムの扉を静かに開くこの一曲を聴くだけで、『Smile』が普通のポップアルバムではないことが分かる。

♪Heroes and Villains

『Good Vibrations』に続くシングルとして構想された、『Smile』の中心となる作品。

次々と場面が切り替わる大胆な構成は、1967年当時としてはあまりにも革新的だった。

完成していれば、ポップミュージックの歴史は少し違っていたかもしれない。

♪Cabinessence

開拓時代のアメリカをテーマに、ブライアンとヴァン・ダイク・パークスの創造力が最も結実した一曲。

難解とも言われる作品だが、何度も聴くほど新しい風景が見えてくる。

『Smile』を象徴する一曲でもある。

♪Surf’s Up

そして最後は、この曲である。

静かに始まり、壮大な世界へと広がっていく数分間。

ブライアン・ウィルソンという作曲家が到達した、一つの頂点だと思う。

『Pet Sounds』がロック史を変えたアルバムなら、『Smile』はそのさらに先にあった未来だった。

仙人になっても、メロディだけは衰えなかった

その後のブライアンは、どこか仙人のようだった。

ステージでは少し頼りなく見えることもある。

表情も多くは語らない。

だが、新しい曲を書けば、やはりブライアンなのだ。

派手さではない。

技巧でもない。

メロディが歩いてくる。

そんな不思議な感覚がある。

最後のオリジナル・アルバムとなった『No Pier Pressure』でも、それは変わらなかった。

この作品で印象的なのは、多くのゲストボーカルを迎えていることだ。

Kacey Musgraves、Zooey Deschanel、Nate Ruessなど、それぞれの曲に最もふさわしいシンガーが起用されている。

一見すると、自ら一歩引いた作品にも見える。

しかし、若い頃からブライアンは、「誰が歌えば、その曲が最も輝くか」を何より大切にするプロデューサーだった。

カールにはカールの声があり、マイクにはマイクの声がある。

その考え方は、ビーチ・ボーイズ時代から最後まで変わらなかった。

『No Pier Pressure』は、自分を主役にしたアルバムではない。

最後まで「楽曲」を主役にした、実にブライアンらしい一枚なのである。

The Right Timeでは、往年のビーチ・ボーイズを思わせる爽やかなハーモニーが心地よく響く。

そして、アルバムを締めくくるThe Last Song。

もちろん、この時点でブライアン自身は、これが最後のオリジナル・アルバムになるとは思っていなかっただろう。

最後の一曲

激動の人生。

数え切れない挫折。

家族との確執。

精神疾患。

幻となった『Smile』。

そして、その復活。

そのすべてを通り抜けても、最後まで失われなかったものがある。

メロディだ。

1988年、『Brian Wilson』で彼は「まだ曲を書ける」と証明した。

そして2015年、『No Pier Pressure』の最後の一曲まで、メロディを書き続けた。

ブライアン・ウィルソンという人生は、「悲劇の天才」という言葉だけでは語りきれない。

遠回りを繰り返しながらも、最後は自分の音楽へ帰ってきた。

そんな一人の作曲家の物語だった。
RIP Brian Wilson.