息子が9歳だった頃、車の中で一緒に歌ったスピッツの曲がある。『三日月ロック』に入っている「海を見に行こう」だ。
私にとってスピッツは、そんな親子の時間とも結びついている。
一方で、スピッツを聴くと、心臓と胃のあいだに、痛みのような、熱のような、正体不明のものが生まれることもある。
優しい声だと思って近づいたのに、いつの間にか、自分でも言葉にできなかった感情をつかまれている。草野マサムネの歌には、そんな厄介なところがある。
もちろん、こちらを弄ぶつもりで歌っているわけではないだろう。それでも聴く側としては「確信犯だ」と言いたくなる。明るいメロディに乗せて、胸の痛いところへすっと入ってくるのだから。
今回は、私が聴き返したくなるオリジナルアルバム5枚と、カバー曲も収めた『おるたな』から、その魅力をたどってみたい。
優しい声の向こうに、ロックバンドがいる
スピッツの魅力を草野の声だけで説明してしまうと、何かが抜け落ちる。歌がすっと耳に届く一方で、ギター、ベース、ドラムは、ときにずいぶん強い音を出している。
私にとって面白いのは、柔らかな歌声と、バンドのざらつきが同時に聴こえるところだ。安心して聴けるポップスの顔をしているのに、アルバムを通すと、落ち着かない感触も残る。だから「優しい」だけでは片づけられない。
『三日月ロック』(2002年)——夜の向こうへ走り続ける
この一枚は、ロックバンドとしてのスピッツを聴きたいときに戻ってくる。勢いはある。でも勢いだけで押し切らず、曲の中に余白がある。
そして「海を見に行こう」。冒頭に書いた、息子と車の中で一緒に歌った曲だ。アルバムの一曲が、自分たちの思い出にもなっている。
「夜を駆ける」には、走り出したくなる感覚と、どこまで行っても追いつけないような感覚が同居している。私には、その焦燥が妙に心地よい。
「水色の街」は、音が鳴ると、もう帰れない風景を思い浮かべてしまう曲。「遥か(album mix)」も、広がりのあるメロディを聴きながら、なぜか胸が締めつけられる。この三曲を続けて聴くと、スピッツの明るさと寂しさは、別々にあるのではないと感じる。
『ハヤブサ』(2000年)——柔らかな声と、荒い音
『三日月ロック』から少し遡ると、こちらにはさらにざらついた手触りがある。私には、優しさよりも、バンドの強さが先に届くアルバムだ。
「8823」は、歌と演奏が前へ進んでいく力を味わいたい。音が荒くなっても、草野の声はその中にちゃんと居場所を持っている。声を甘く聴かせるためだけの伴奏ではなく、バンドが一緒に走っている感じがする。
「メモリーズ・カスタム」では、落ち着かない音の感触も面白い。スピッツを穏やかなバンドだと思っている人には、この一枚を聴いてもらいたくなる。
『フェイクファー』(1998年)——「楓」と「冷たい頬」の残り方
「楓」は、別れを説明し尽くさないところが好きだ。聴き手が自分の記憶を持ち込める余白がある。曲を聴き終わっても、感情だけは簡単に終わってくれない。
「冷たい頬」は、もっと短い距離で胸に入ってくる。軽やかに聴こえるメロディと、曲名の冷たさ。その組み合わせが、私にはずっと引っかかる。
二曲とも、悲しさを大げさに演出するのではなく、親しみやすい歌の中に置いているように感じる。気づいたときには、こちらの感情が動いている。草野の歌を「厄介だ」と思うのは、こういう瞬間だ。
『さざなみCD』(2007年)——生活のそばで聴くスピッツ
私には、生活にいちばん近いスピッツがここにいるように思える。音楽を聴くために特別な時間を作るというより、いつもの時間に流しておきたくなる。
「魔法のコトバ」の親しみやすさは、聴き終わってからも残る。大きな奇跡を待つより、身近な誰かと交わす言葉に、少し期待したくなる。
アルバムの一曲目「僕のギター」も好きだ。私には、音楽が人生のすべてではなくても、手放せない一部であることを確かめるように聴こえる。これは歌の正解を言っているのではなく、聴くたびに自分の側へ引き寄せてしまう感想だ。
『とげまる』(2010年)——丸くなっても、棘は残る
「ビギナー」の前へ向かう感触と、「つぐみ」の穏やかさ。この二曲を聴くと、スピッツは年月を重ねても、感情を一色に塗りつぶさないバンドだと思う。
前向きな歌を聴いているのに、昨日までの自分も一緒についてくる。「つぐみ」では、強く言い切らない声のほうが、かえって長く残る。
『とげまる』という名前も、私にはしっくりくる。丸くなったように感じても、引っかかるところはなくならない。その加減が好きなのだ。
『おるたな』(2012年)——他人の歌にも、スピッツがいる
ここまでの5枚とは違い、『おるたな』はオリジナルアルバムではない。シングルのカップリング曲やカバー曲を収めたスペシャルアルバムだ。
奥田民生の「さすらい」と、原田真二の「タイム・トラベル」。原曲の魅力を知っていても、スピッツの演奏と草野の声で聴くと、違う景色が見えてくる。
「さすらい」は、自由さの中に少し寂しさがあるように聴こえる。「タイム・トラベル」では、メロディの動きと草野の声の相性を楽しみたい。自分の曲を書ける人が、他人の曲をどう歌うか。その面白さも、この一枚にはある。
同じ歌でも、刺さる場所が変わる
スピッツの曲は、聴く人の人生を映すように感じる。若い頃は恋愛の歌として聴いていた曲が、年月を重ねると、後悔や未練を連れてくることもある。
曲は変わっていない。変わったのはこちらだ。それでも、ちゃんと胸が痛くなる。
私はスピッツに、ただ癒やしてほしいわけではない。自分でも気づいていなかった気持ちを、歌の中で見つけたいのかもしれない。だから今夜も、分かっていながら草野マサムネの歌に夢中になる。
作品情報・公式リンク
発売年・収録曲・カバー曲の原歌手は、スピッツ公式サイトで確認しました。本文の聴き心地や楽曲解釈は筆者の感想です。
そして、また新しい歌に弄ばれる
昔のアルバムを聴き返していたら、新しい歌も届いていた。「見知らぬ糸」の公式ミュージックビデオを、ここに置いておきたい。
そして2026年11月25日、スピッツのニューアルバム『kettle』が発売される。「見知らぬ糸」も収録される、18作目のオリジナルアルバムだ。
また、聴いてしまうんだろな。
今度はどんな気持ちを引っ張り出されるのか。分かっていながら、新しいアルバムを待っている。やっぱり、草野マサムネには弄ばれている。

