グレン・フライの声を聴く|イーグルスとソロの5曲

夕暮れのロサンゼルスの街並みとパームツリーをイメージしたAI生成画像 Rock classic

大学生の頃、『ホテル・カリフォルニア』を聴き倒していた。

「Hotel California」のツインギターをコピーしようとして、自分の下手さに絶望する。そのあと「New Kid in Town」を聴いて、グレン・フライの声に慰められる。私にとって、この2曲はいつもセットだった。

だからグレンの声は、ただ「明るくて軽やか」なだけじゃない。少なくとも私には、うまくいかなかった自分を、そのまま受け止めてくれるように響いていた。

今回は、そんなグレン・フライの声を、イーグルスとソロの5曲から聴き直してみたい。

イーグルスは「明るいバンド」で始まった

「Take It Easy」から始まるイーグルスは、最初は牧歌的で、のびのびしていた。
だけど、キャリアが進むにつれ曲は人間の影や疲れ、不安、心の皺みたいなものに近づいていく。

「The Long Run」を聴くと、初期の軽やかさとは違う、疲れや苦さを感じる。私には、その変化もイーグルスの魅力に思える。

グレンの声には「前へ歩かせる力」があった。
ヘンリーの声には「立ち止まって考えさせる力」があった。

この2人の温度差こそが、イーグルスの核であり、矛盾であり、魅力だった。

グレンとヘンリー、その距離感

私には、グレンの歌は前へ踏み出す声、ヘンリーの歌は内側で燃える声として響く。

違う温度の声がひとつのバンドにある。
曲によって重心が変わっても、ちゃんと「イーグルスの音」として聴こえる。

これはもう理屈じゃない。
声と声が並んだときに生まれる、明るさと影の混ざり方。
その対比に、私は惹かれる。

グレンのボーカルで聴きたい曲

ここは思い入れ重視で5曲。

「Take It Easy」

イーグルスがはじまる場所。軽さに救いがある曲。

ギターの軽快な響きに対して、グレンは歌を力で押し出しすぎない。言葉が自然に前へ転がっていく。その声へコーラスが重なると、一人の歌がバンドの歌になる。まずは歌い出しと、声が重なるところの違いを聴いてみたい。

「Peaceful Easy Feeling」

風が通っていくみたいな歌。優しいんだけど、少しだけ寂しい。

語尾を強く言い切るより、響きを残したまま次のフレーズへ移るところが好きだ。バックの演奏に包まれながらも、声の輪郭は消えない。「Take It Easy」の前へ進む軽さと、この曲の落ち着きを並べると、グレンの歌の温度がよく分かる。

「Lyin’ Eyes」

柔らかい声で、刺さる内容を歌う。こういう残酷さを穏やかに運べるのがグレンの特性だ。

歌詞の場面が移っても、声は必要以上に芝居がからない。物語を少し離れたところから語るように聞こえる。サビのコーラスには心地よさがあるのに、話の苦さは消えない。この二つが同時に届くところに惹かれる。

「New Kid in Town」

コヨーテが一番好きな曲。
「いつか誰かに代わられてしまう」
こんな残酷な真理を、あんな優しい声で歌う。
美しさと苦さと人間の温度。
年を取るほど沁みる。

私は、曲の中で声の厚みが変わるところも聴きたい。グレンの主旋律にハーモニーが寄り添い、ギターや鍵盤がその余韻を受け止める。強く叫ばずとも、歌が曲の中心にある。大学生の頃に慰められた声を、今はその周りの音ごと味わっている。

「The Heat Is On」(ソロ)

明るさをそのまま前へ出した曲。時代感はあるのに、古びない推進力。

イーグルスの穏やかな響きから離れ、切れのよいリズムとサックスのフレーズの中に声が入る。歌い方まで別人になるわけではない。同じ声が、音の配置によって違う勢いを持つ。ソロのグレンを聴くと、バンドの中で聞いていた声の個性が、もう一度はっきりする。

まとめ

グレン・フライはイーグルスの「太陽」だったというより、「このバンドが前へ歩くための足」だった気がする。
軽やかさだけでなく、寂しさや苦さまで柔らかく運ぶ。その声を、私は今も聴きたくなる。

2016年のグラミー賞では、ドン・ヘンリー、バーニー・リードン、ジョー・ウォルシュ、ティモシー・B・シュミットがジャクソン・ブラウンとともに「Take It Easy」を演奏し、グレンを追悼しました。グラミー公式の記録にも残るこの曲は、彼の声がバンドに刻んだものを、改めて思わせてくれます。